こんにちは。



「内観」というキーワードで書籍を検索したり、書店で探してみるとその多さに少しビックリします。
内容は自己啓発的なものから宗教色の濃いものまで様々です。


私が瞑想や内観をルーティン化させてるのは、ただただ好きだからです。

朝起きたら顔を洗い歯をみがき、夜はお風呂やシャワーでスッキリしますよね?
私にとって瞑想や内観というのは、そういうことなんです。

生死をわけるほどでもないけど、すればスッキリするしリラックスもします。


自己啓発的でも宗教色でも私にとっては問題ではありません。
誰かに無理強いすることもありません。


瞑想にも内観にもルールはないので独自のスタイルでオーケーです。
ただ、1度の内観にはかなりの時間を要するのは確かです。
1度の内観=これは私の持論ですが『問題や悩みが解決(解放)に至るまで』です。


瞑想や内観は自己啓発っぽいし、宗教っぽい。
そして目に見えないし、結果が曖昧。
これが誤解を招く大きな理由でしょうね・・・。


もう1つ誤解されまくりの言葉に『スピリチュアル』というものがあります。

「スピリチュアルをすれば見えないものが視えるようになる!」という誤解。


真理・本質を見ようともせず、うわべや噂だけを信じるからそういう誤解が生じるんでしょうね。


『何事にも心理・本質というものはあります』



snow




こんばんは。


私はよく瞑想のことを書いています。
内観もそうです。


内観の1つに、してもらったこと、してあげたことなどを書き記していくという方法があります。
それはそれで悪くはないでしょうが、えらく遠回りをしてるように私には感じられます。


【内観】
読んで字の如くです。

自分の【内】【観】る、ということですね。


記憶にも新しく自分に起きた出来事(顕在化している出来事)を書き記すだけであれば、
私からみれば日記と同じレベルなんです。


忘れてしまった、または消し去った記憶を呼び起こす作業こそが真の内観です。



『潜在化した意識を、顕在化させる』

これが内観の真髄です。



「これが正しい内観の方法」なんて謳ってるところは怪しさ満点ですね。


内観に正しい方法なんてありません。
自分にあっていれば、それが正しい内観の方法です。


カタチにとらわれず。
カタチにこだわらず。


もっと独自のスタイルを作ってみることをおすすめします。



snow




こんばんは。



瞑想、内観、インチャイワークに関する私の実体験(実体感)をもとに書いているブログです。
常日頃から【瞑想】は誰もができる、と書いてもいます。

そして、内観やインチャイワークもコツさえ掴むと簡単にできてしまいます。
インチャイの解放も少し難しいですが、コツさえ掴めば簡単な作業です。


内観(内観ワーク)
言葉の通りで自分の内を観ることです。

インチャイ(インナーチャイルド)
その言葉の表わす通り内なる子供です。
昔から欧米では認知されていましたが、最近では日本の医師(西洋医学の医師)にも認知されはじめています。


内観とインチャイワークは密な関係にあります。
内観してるとインチャイにたどり着くことが多くあるからです。


瞑想→内観→インチャイワークという流れを作ることをお勧めします。

もう1つ付け加えるならば、瞑想→内観→インチャイワーク→インチャイの解放(インチャイを癒すこと)という流れ。
この流れをルーティン化させることを強くお勧めします。


インチャイの存在に気付いただけでは解放に至りません。

見つけたインチャイ、気付いたインチャイは、必ず解放してあげて欲しいです。


snow




こんばんは。


「自分のことはわかっている!」という人は多くいるようで、実際はそうでもないんです。

自分の心がわかっていない。
自分の心の扱い方もわからない。という意味です。

自分の心をわかっていない人が、他人の心を理解できるはずもありません。

その結果として、他人に自分を理解してもらえない・・・。という負の連鎖が起こるわけです。


それで幸せと感じるのであればいいですが。


人間不信に陥る原因の多くはそれです。
「自分がわかっていない→他人を理解できない→他人から理解されない」

その果てには「自分嫌い」という始末。


自分(自分の心=自分の本質)を知る方法は1つしかありません。

『内観だけ』です。


内観で自分の真を知りたいと思いませんか?



snow



こんばんは。


【悟り】

わかりやすく表現すると、【気付き】となります。
※宗教的な意味合いは除外しています。


知らなかったことを、知る。
忘れていたことを、思い出す。

知らなかったことや忘れていたことを、というのは簡単。


難しいのは、なかったことにしていたことと、忘れたことにしていたことです。


確執。
嫌な自分。

「幼いころに体罰や虐待を受けていた」
「親と大喧嘩をした」
「両親のいさかいが絶えなかった」
「家族の関係が冷め切っていた」
が・・・、記憶になかったり、忘れたことにしてたりと。

それを解放(解決に至るまで)してあげると、人に対して見方が激変し、接し方も激変します。



例えば親から体罰を受けていたとします。

体罰の原因は何か?

育児に追われてたのかもしれません。
両親の不仲かもしれません。
金銭的、物質的な余裕がなかったのかもしれません。
父親が会社かどこかで抑圧されてたのかもしれません。

自分が幼いころの些細なイタズラが原因で体罰の対象になったのかもしれませんね。


ここでハッキリ言えることが1つあります。

『我が子が憎くて体罰をする親はいない』と。


虐待を与えた親が悪いか、虐待を受けた子どもが悪いかということではありません。


その原因。
本当の原因。
原因の真髄。

それを探り出す作業が必要になります。


それが内観です。
内観は幼いころの記憶を探り出す作業です。

本当の自分を認め、許す作業。
他人を認め、許す作業。

それに気付くことが幸せへの近道です。
『気付き→悟り=幸せ』となります。


正直に言うと、内観は慣れるまでが大変で、簡単でもありません。
それに加え、内観を理解したうえで協力してくれる人がひとり必要です。


内観期間中はケータイやパソコン、テレビはNGです。
できるだけ外出を避けること。

あらゆる情報や人を遮断して引きこもるわけです。


しかし、です!

その見返りは大きいです。
しかも、幸福への片道キップですから、戻ることはありません。


慣れると歩きながらでも電車に乗ってても、車を運転しながらでも内観できるようになります。


手っ取り早く、とは言いませんがひとりでも多くの人に本当の幸せを味わって欲しいと思っています。



snow



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snow

Author:snow
10年前、エネルギーワークに興味を持ち色々と伝授を受けました。
その後、エネルギーワアークのティーチャーになり、【波動】というものに興味が移りました。
カウンセリングサロンを営み、自他を高める作業に集中する毎日でした。
そして現在は、魂と波動の関係性を探究する日々を送っています。

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